当シリーズのレポート第1号(Tips for a successful merger or joint venture‐合併/合弁取引を成功させる10のアドバイス)では、両当事者間で最終目標が一致していることを確認してから取引を進める重要性を訴えました。
相手の最終目標も同じであることを確認したら、次の手順は取引の詳細事項の交渉です。私は過去数年で、そうした交渉に対する様々なアプローチを見てきました。洗練されたアプローチもあれば、かなり劣るアプローチもあり、上手くいったアプローチもあれば、一 方または双方の当事者にとって不十分な結果となったアプローチもありました。
実り多い結果を手に入れる交渉のための規則集などありません。案件固有の状況によって、どのようなアプローチで交渉に臨むべきかを見極められるでしょう。とはいえ、状況を問わず、如何なる交渉でも共通の検討事項が多々あり、それらは、正式な交渉を始める前に、あなたやあなたのチームが注意深く検討するべき事柄でもあります。
1 自分たちの目的と相手の目的を把握する
自分たちに必要な事柄(と不要な事柄)を理解するとともに、相手が必要としている事柄も理解する
交渉から可能な限り最善の結果を引き出すには、自分たちが取引で何を得ようとしているのかをしっかりと理解しておくこと、および交渉相手が示す可能性の高い意見・姿勢を把握しておくことが不可欠です。また、自分たちの「必須事項」だけでなく、それらによって何を成し遂げようとしているのかを理解することも、極めて重要です。
たとえば、会社が当該案件で何を成し遂げると期待しているのか、長期的な戦略目標はあるのか、それとも短期的な財務取引にすぎないのか、といった点を考えてみましょう。それに加えて、取引相手について可能な限り調査すべきです。相手の取引動機は何か、類似の取引経験はどのようなものか、相手が示しうる意見・姿勢に影響を与えている経済的要因はあるか、自分たちにとって好ましい結果は相手の税務状況にどう影響するか、などを調べます。
その一方で、時間をかけて、貴社の営業上および戦略上の目的の理解にも努めましょう。貴社の限界がどこか、および案件が貴社事業にどのように適合するのか、といった点も理解しておかなければなりません。その一例が、合併・買収(M&A)のターゲットにしている企業は、既存事業と統合させるつもりか、あるいは単体で存続させるつもりかという問題です。統合する予定ならば、ターゲット企業の事業には、それほど重要ではない側面があるかもしれません。合弁事業を計画しているならば、その合弁事業の日々の経営がどのようになると予想しているか、またどのようにして重要な決定が下されるかを、考えてみる必要があります。
次に、また時間をかけて交渉相手について検討します。相手が懸念している分野は何だろうか、相手の必須事項と思われる点は何か、などを考えてみましょう。実り多い結果に達する可能性を最大限に高めるには、自分たちが提示したい各意見の背後にある論理も理解し、それを説明し正当性を立証できなければなりません。その上で、相手に与える影響を把握しておけば、交渉時に自分たちの意見の正当性を訴えたり、許容範囲内の妥協案で合意したりすることが、はるかに容易になります。
以上の点をあなたのチームと話し合ってみましょう。それらに関する貴社の意見はどのようなものですか。同意できない点はありますか。どのような代案を提示できますか。貴社の意見に対して、相手はどのような懸念を示すと思いますか、その懸念に貴社はどのように対処できますか。要するに、交渉の進め方と様々なその変形パターンを計画しておきましょう。このプロセスを実行しても、いつも物事が100%期待通りに進むとは限りませんが、体制を整えてから、交渉相手が協議したいと想定される事柄は何かを予測するとともに、それらに対する自分たちの回答も用意して備えておくべきです。そうすれば、交渉全体かはるかにスムーズに進むでしょう。それと同時に、貴社が相手の目的にも配慮しながら双方に利益をもたらす解決策を探っていることを、交渉相手に示すことにもなります。
ウィン・ウィンの結果を目指す
分配型交渉(結果は勝ち負けに分かれます)と統合型交渉(ウィン・ウィンの結果になります)を比較し概説した指南書が、多数出回っていますが、概念自体は比較的単純なものです。つまり、当事者全員にとって相互に利益をもたらす結果を確保するために、協調的かつ共感的で、人間関係と信頼を築くようなアプローチを交渉に採用するか、あるいは相手の成果を最小限に抑えて自分たちの成果を最大限にするため、強硬な戦術で強引に押し通すか、ということです。
確かに、自分たち自身の立場を最大限強くする反面、相手の成果を最小限に抑えたくなる時もあります。そうした気持ちが最も顕著に表れるのが、取引が終わり次第、継続的な相互関係を維持するつもりもなければ、その必要もない交渉においてでしょう。最も単純な例が住宅購入時です。この場合、購入者は出費をできるだけ少なくしようとする反面、業者はできるだけ高い価格で販売したいはずです。
しかし多くの交渉では、相手との間で継続的な関係を維持することが重要になります。それは、合弁事業を立ち上げようとしている場合、または単に自社事業が相手との継続的な相互関係や事後取引を要する場合かもしれません。こうした場合、両当事者が満足できる交渉結果に至りその後一緒に働く自信が持てたと実感しながら交渉プロセスを終えるよう、努める必要があります。
どのような場合でも、他よりも交渉上厄介な点が出てくるものですが、一般的には、両当事者の要件に配慮した妥協点があるものです。時には、その妥協点を見出すために、スキル、交渉術、忍耐を要します。ただし、交渉相手が全く理不尽で、譲歩を拒んでいる点が貴社のチームから見て取引上極めて重大な場合は、打ち切る心構えでいましょう(下記10項参照)。
文化の違いを理解し、違いをおそれない
文化の違いはアジアでの交渉でよく見かけることで、違いに気付かなければ、双方が誤解し合ったまま話が進むことになります。
交渉のアプローチは、交渉相手によって変えるべきです。たとえば、米国人・米国企業の当事者が採用する典型的なアプローチ(私の経験に基づくと、一般に、率直ではっきりとものを言う話し合い)と、日本人・日本企業の当事者が採用しうるアプローチ(その文化により一般にはっきり「No」と言わないため、両当事者はどの点で合意したか確信できない可能性があります。)は、大きく異なるでしょう。同様に、「面子」の重要性を過小評価してはなりません。「面子」とは、通常中国で見受けられる階層的組織構造の影響力を指します。
これらの問題点を認識し、敏感になる必要があります。ただし、そうした問題点が故に、貴社の目的に沿わない営業面の交渉結果で妥協することを許してはなりません。また、取引条件が自国外の文化圏でも同じ意味を持つ、と決めつけてはいけません。翻訳上の問題が招きうる混乱への対策に加えて、特定の文化は、「基準・標準」とされているもの、物事を進めるべき方法、または組織内で構成員が担う役割に関して、自国とは異なる見方をしている点に注意しましょう。全員が同じ事柄を期待していると決めつけて、トラブルに陥らないようにしましょう。
当事者が、思い通りにするための戦術として、文化上敏感な事に関する外国人の認識につけこむ場合があることも、知っておく必要があります。そのような戦術に負けてはなりません。交渉打ち切りの要件は何かという観点から、常に交渉を評価しましょう。
2 適切なチームを結成して各自の役割を把握する
適材を集めて、1つのチームとして準備する
交渉チームには適材を揃える必要があります。適材が揃えば、状況が一変します。社を代表して発言できる立場で、かつ自我を抑えて会社のために適切な取引を行うことに積極的で、実直な性格の上席者も必要です。貴社の経営幹部が交渉の席に加わるのが適切か、あるいは提起された問題を上層部に伝達するルートができるよう経営幹部の同席を控えるべきかを検討しましょう。交渉相手チームの顔ぶれを考慮して、両チームが釣り合うよう取り計らうことも忘れてはいけません。貴社側より職階がかなり上の人物または該当分野の専門知識がかなり豊富な人物が相手チームに加わっている場合、貴社の立場にとって痛手になりかねません。
貴社のチームが、交渉し意思決定を下すためにはどのような権限が必要かを明確に理解していること、および社内の決裁を仰ぐタイミングを分かっていることが、肝心です。チームがあらゆる問題に対する「自由裁量権」を持っていない場合もあるでしょうが、交渉の場で大半の点について意思決定を下すのに十分な権限は必要です。一部の問題については上層部の決裁を仰ぐ必要がある、というのなら構いません。ただし、あらゆ点について決裁を仰ぐ必要があるという有様では、チームに交渉権限がないことを露呈するだけです。
あなたのチームの顧問として、経験が豊富で、貴社の事業と目的を十分に理解し、かつあなたが信頼している人物を選定しましょう。顧問が取引に関わる分野への対応能力と経験を持っている点の確認も、忘れてはなりません。顧問は、目下進めている類の取引に関して挙げることのできる候補の中で、最高かつ最適な人物であらねばなりません。選定した後は、助言を求めましょう。顧問は、以前にも同じ経験または似通った経験をしていて、様々なアプローチがもたらした長期的な結果を目にしてきたはずです。交渉にも貢献してもらいましょう。交渉は顧問が専門知識を持っている分野であるため、冷静で中立的な視点の顧問として、事務的に貴社側を代表した発言ができます。顧問の助言には、まず耳を傾け、その妥当性を検討した末に、自分たちが何をしたいのかを見極めましょう。必ずしも顧問の提案に従う必要はありませんが、少なくとも顧問の助言が言わんとしていることを理解する必要があります。顧問の経験は貴重なのですから。
私は、クライアントのことをどんなに良く分かっていても、その交渉チームと一緒に交渉資料を細かく検討し、交渉のアプローチ案を精査し、理想的な結果に関する合意を形成し、懸念分野を浮き彫りにし、かつ必須事項、できれば当方のチームの意見を通したい事項、および当方のチームが譲歩しても構わない事項を特定できるよう、打合せの実施を常々提案しています。交渉の席に着く前に、言ってみれば、貴社側のチーム全員の「足並み」が揃っていなければなりません。
交渉時の各自の役割、つまり誰がリードして、誰が決断を下すのかを理解しておくことも重要です。貴社の顧問弁護士には、交渉中にどのような役割を果たして欲しいかを伝えておきましょう。経験豊富な法律顧問がリードするのが有利な場合もあれば、貴社チーム・メンバーのうち、営業担当の最上席者がリードする方が好ましい場合、あるいはその両者の組み合わせが最善の策の場合もあります。
貴社がどのようなアプローチを採用しても、チーム全員がとる立ち位置と達成しようしている最終目標を、各チーム・メンバーが把握し理解しておくことが重要になります。チーム一丸となって、一緒にこれらをやり抜くことです。それができずに、役に立とうとした1人のチーム・メンバーが協議に割り込んだものの、協議内容が「全体像」にどのように組み込まれるかを分かっていなかったため、無意識に重要な点を譲歩する羽目になった例を、私も数多く目にしてきました。また、交渉チームは協力し合う必要があります。各自が貢献できる何かを持っているため、自分の意見を自由に述べるべきです。私は、交渉チームの大半が上席メンバーの言いなりになり過ぎていて、案件の一部の側面について懸念を口にしたり、自分が持つ専門知識で貢献したりすることができない交渉も、見てきました。多くの場合、こうした交渉は不満足な取引に終わるものです。
貴社の顧問弁護士ができることを踏まえた上で、弁護士をコントロールする
私自身、翌日の交渉(または当日午後の場合もあります。)に同席して自社の代わりに「取引を交渉する」ようにと、クライアントから依頼の電話を受けた経験が、何度もあります。弁護士は魔法をかけるだけで間違いのない結果を出せるという考えが、一部の方々にはあるようですが、そのようなことはできません。
勿論、どのような取引関係書類にも、弁護士が目を通して、一方の当事者が異例または理不尽な事柄を求めている箇所を特定できる要素は、含まれてい���す。我々弁護士は、法的観点から見て機能することと機能しないこと、または技術的観点から見て問題を招きうる点も、特定できるでしょう。過去に目にした失敗例のアプローチについて助言し、代案を提示することもできます。これこそ、合併・買収等を専門とする弁護士の「本業」ですが、それが案件の核心に迫ることは滅多にありません。
最も重要な点は、当事者の営業上の目的を理解した上で、それらに取り組むことです。一方の当事者を代表して交渉するには、貴社の顧問弁護士を含めた交渉チーム全員が、それらの目的を完全に理解している必要があります。
交渉時の白熱したやりとりに貴社の顧問弁護士も積極的に参加させる、と決めた場合は、時には弁護士に介入を控えてもらう必要が生じる可能性も忘れてはなりません。弁護士が、自身の介入が許される範囲、貴社にとって重要な点、および貴社のために弁護士が戦う必要がある点とない点を、理解しているかを確認しておきましょう。私が目にした交渉では、参加した営業担当者間である問題について合意に達したものの、一方の弁護士が口を出したことで結局激しい協議が再開する事態になりました。これは、合意した結果に彼等が個人的に満足できなかったためですが、彼等に任せていたならば、別の結果で合意していたはずです。このようなアプローチで生産性が上がることは滅多になく、交渉プロセスに深刻な損害を与えかねません。
3 LOIまたはMOUを作成する必要があるか否かを判断する
この点に対する見方は二分されています。交渉経験がある多くの方々は、 「初めから詳細を規定した関係書類を作成する」方が効率的と考えてお られます。一方で、主な取引条件だけを規定した基本合意書(LOI)また は覚書(MOU)をまず作成するべきだ、と考えている方もいます。
時間的制約があるということは、当事者は最初から法的拘束力がある 書類を作成しなければならない、と意味する場合もあります。
しかし大半の場合、案件の詳細に的を絞る前に両当事者の足並みが揃 っているか確認するために、LOIまたはMOUを利用することには、真の意 味でのメリットがあります。重要項目が多数存在する複雑な案件の場合 は、尚更です。デューディリジェンスの実施や詳細を規定した取引関係書 類の作成に移る前に、重要な条件で合意できない場合は、両当事者が 取引に期待する事柄が食い違っているか、または相容れない可能性を 示唆しています。
時間的制約があるか否かに関係なく、ごく簡略的なLOIやMOUを作成す ることで、両当事者の「足並みが揃っている」かを確認することには、真 の意味でのメリットがあります。 LOIやMOUの作成は、両当事者間で目的が一致しているか否かを判断 する指標として用いることもできます。
LOIやMOUで大まかな条件に関 する誓約を取りつけておくと、早い段階から重要事項を協議または交渉 するよう強く求める際に役立ちます。たとえば、一方の当事者にとって重 要な点が他方にとっても重要か否か定かではない場合、LOIやMOUでそ の点を規定しておけば、それを採りあげて他方の立場を理解するのに役 立つでしょう。LOIやMOUで合意を形成しておくと、顧問弁護士がそれに 基づいて、少なくとも両当事者が大まかな点で合意した事柄を反映し、 かつバランスがとれた詳細を規定した関係書類の素案を作成して、交渉 時間をかなり節約することもできます。他方、最初から詳細を規定した 関係書類を作成しようとすると、初稿は一方的な内容になりかねず、最 終的な結果を反映するためには、多大な交渉と度重なる素案の再作成 を要します。
LOIやMOUについて注意すべき点は、詳細を規定した関係書類の代わ りにLOIやMOUを用いないことです。LOIやMOUは営業上の重要事項だ けを反映した内容で、かつ大まかな規定にするべきです。また、早急に作 成・締結しておく必要があります。早急に作成・締結できない場合、両当 事者間で目的が一致しているのか照会するべきでしょう。
LOIまたはMOUを作成するつもりの場合は、両当事者が、これを作成す る目的が重要な問題だけを扱うということを理解し同意することを、 徹底する必要があります。通知に関する規定や仕組みに関する標準的 な事項にどの程度合理的に対処するかといった詳しい仕組みなどを含 め、LOIに盛り込む些細な問題で、当事者が何週間も袋小路にはまった 事例を、私も目にしてきました。一般的に、これらの作業は時間と資源の 無駄使いと言えるでしょう。LOIやMOUでは重要な点だけを規定するよう (それこそLOIやMOUを作成する目的です。)徹底するべく、時には当事 者が断固とした姿勢を貫く必要があります。長文の関係書類を作成する 段階になれば、協議して詳細を詰める時間はたっぷりとあります。多数 の詳細事項を二度も協議する必要はないのです。
4 交渉の場所と日程を賢く選択する
多くの場合、この点が見過ごされています。交渉が行われる限り、実際の ところ誰も場所など気にしていません。
ところが、交渉場所が交渉結果に有利な影響をもたらす場合がありま す。逆に場所の選択を間違えると、交渉を進めづらくなりかねません。両 当事者が(交渉中)共に、およびそれぞれに(正式交渉の一方の当事者) 、交渉しやすい場所を選びましょう。
検討するべき要素は、次のように多々あります。収容人数は何人か。小 会議室が別に必要か。適切なメンバーが交渉に参加できるか、適切な時 間に参加できるか。当事者は本社との打合せに時間を割く必要が生じる か。取引を進めるために、当事者は取締役会提出資料やその他の社内 資料を作成する必要が生じるか。どのような資料・物資が必要か。当事 者が交渉場所に出向いて、到着予定時間から出発予定時間までの間に 十分な時間を確保するのがどれほど難しいか。その交渉場所は、一方が 交渉中に「通常業務」上の問題で妨害される可能性を示唆するか。時差 ボケが一方に悪影響を与える可能性があるか。素案が一晩で変更され( その場合、所要時間と相談相手について現実的に考えておくこと)それ に実際に目を通す時間が割ける見込みか。
5 準備が整うまで交渉を始めないこと
これは、準備時間が必要であるという前提条件に立ち返るものです。一 部の弁護士団が好む妨害戦術が、金曜の遅い時間まで待ってから書類 に関する意見を提示する、というものです。あなたを含む交渉チームは、 経営幹部から必要な意見を聞く、または必要な分析を行うのが難しい週 末中に、仕事にかかりきりにならざるを得ません。弁護士団が好むもう1 つのテクニックが、翌朝9時に交渉が再開するまでに、消化し理解し検討 する必要があることを誰もが知っているような書類を深夜に送り返す、 というものです。
当初に合意した日付という理由だけで、交渉を始める必要がある、と思 い込まされてはなりません。非現実的な期限内に書類を検討するよう、 交渉相手が圧力をかける事態を許してはなりません。貴社の準備ができ ていないうちに交渉を始めるよう、強要する事態も許してはなりません。 準備時間がもっと必要であれば、そう反論しましょう。その一方で、貴社 側も、交渉相手の要求に配慮しましょう。準備不足の相手チームと向き 合って交渉を始めても、必ずしも得をするわけではありません。一般に、 むしろ関係者全員にとって無駄な時間を費やし代償が高くつく羽目にな ります。一方の当事者が適切に理解していないことが原因で、多くの場 合、不要な点を交渉する展開になります。
無論、こちら側も、合意した交渉日程を守るため、期限までに準備するよ う、最善の努力を払う必要があります。しかし、不可能な場合は、準備が できていないうちに交渉を始めても、得る物は少なく、失う物は多いこと を思い出してください。
6 関係書類に目を通す
関係書類に目を通さずに複雑な交渉に臨む方は、本当にいないのでしょ うか。実際には、予想よりも多いのです。その理由が、書類を受け取った側 が経験不足のためか、事前に実際に書類に目を通す重要性に気付いて いないためかは分かりません(おそらく、交渉中に目を通し、話が進むう ちに読み終えるつもりだったようです)。多分、当事者は忙しくなって、他 のことに気を取られるようになるでしょう。多くの場合、会社にとって交渉 内容は巨額の価値がある点を考えると、交渉チームだけでなく、さらにひ どいことにその顧問弁護士までもが、交渉前に関係書類に目を通さない のは、犯罪行為に近いのではないでしょうか。
私は、明らかに相手方の交渉チームが交渉前に打合せをしていない交渉 に、同席したことがあります。関係書類に目を通すことさえしていない場 合も、度々ありました。ある時は、相手チームの再編を認め、書類に目を 通して意見をまとめるのに必要な時間をとるために、2日間交渉を中断 せざるを得ませんでした。中断しなければ、こちら側に有利に働いたはず なのに、なぜ中断を許したのかと尋ねたい方もおられるでしょう。端的に 言うと、書類の内容が分からず現実的な意見も固めていないチームと交 渉しても、皆にとって時間の無駄です。この場合、交渉を進めることは誰に とってもかなり苦痛であったはずで、何らかの「結果」が出たとしても、相 手方が詳細を適切に検討したら、再交渉する必要が生じたでしょう。
7 交渉する最善の道を検討する
重要な条件で合意次第、できる限り早く詳細を規定した取引関係書類 案を回覧することが重要です。そうすれば、当事者がその詳細事項に的 を絞って、相違点を特定し、迅速に交渉を進める良い機会になります。相 手方の反応に応じて、重大な相違点をまとめた重要課題リストの作成、 あるいは該当書類の修正要請にいち早く繋がります。できれば、詳細を 詰める交渉が始まる前に、このプロセスを済ませるべきでしょう。
慎重に検討しないうちに、下記の2通りのアプローチのどちらを採用する かを決めてはいけません。たとえば、詳しい規定に関して重大な相違点 がある場合、初稿を受け取った側が、広範囲にわたって修正要請箇所を マークして送り返すだけでは、生産性が低いかもしれません。その場合、 結果的に両当事者が正反対の意見を言い合うだけになるおそれがあ り、妥協点に歩み寄る助けにならないと思われます。問題を特定した上 で、解決策を見出せるよう、各当事者の懸念と要件を理解しようと努め るため協議する方が、有益かもしれません。
一般に、詳細を詰める交渉には、2通りのアプローチがあります。一方は、 該当書類を1ページずつめくって、ページごとに順に問題点を協議する 方法で(以下「ページ・ターン」といいます。)、他方は、協議を要する問題 点のリストを作成し、それを検討していく方法です。
私は、これらを併用した交渉に同席したこともあります。
ページ・ターンの採用が避けられない場合もあります。特に、交渉段階の 終盤に差し掛かり、未解決の問題点がないこと、および両当事者が受諾 し署名できる書類が整ったことを確認しようとしている場合が、これに 該当するでしょう。
ただし私の経験では、顧問とクライアントの経験が豊富なほど、概ね、ペ ージ・ターンを要請する公算が小さくなります。協議の初期段階では尚 更です。ページ・ターンは、1つの問題点で行き詰まることもあります。私 が同席した忘れられない交渉は、丸1日交渉を続けても1ページ目を終 えただけでした。100ページの書類を1ページずつ洗い直すのは、かなり 非効率的な(そのためコスト高の)交渉方法になりかねません。私が好ん で採用している方法は、いつでも、懸念事項、必須事項、できれば意見を 通したい事項、譲歩しても構わない事項をまとめた当方のチームのリス トを手にして交渉に臨む、というものです。両チームの準備が整い、かつ 経験豊富な交渉担当者が揃っている場合、この方法を用いると、少ない 時間でかなり多くの成果をあげられるでしょう。
しかし経験が乏しいチームが相手の場合、彼等がすべてを網羅している と実感し、経営者や取締役会に報告し、それに満足できるよう、ページ・ ターンを要請する可能性があります。その場合、ページ・ターンに喜んで 応じる(その準備をする)必要があります。
8 合意点は可能な限り早く文書にまとめる
幾つかの点で合意を形成できたら、それらを文書にまとめるようにしま す。これこそ、貴社の顧問弁護士団が本当の意味で助けになる分野で す。何回目の交渉であっても、交渉が終わった時点で、どのような点で合 意したか、および未解決の問題は何かについて、両当事者間で明確な合 意に達したことを、確認する作業は不可欠です。全員が疲れていて帰り たいと思っている場合、長い交渉が終わった時点でこの確認を一通り済 ませることに、苛立ちを感じる時もありますが、そうした確認のために毎 回の終わりに時間を取っておくことが、後で大いに役立ちます。つまり、合 意項目について再協議しないで済む上、次回の協議までに検討して対 処する必要がある点を、各当事者に明示できます。
9 当事者のプロセスと要件をすべて理解し、 現実的な期限を設定する
両当事者が取引を確定するには何が必要か、およびそのためには何を すべきか、という点を理解することが重要です。たとえば、取締役会の決 裁は必要か、その決裁を得るにはどのようなプロセスを踏むのか、その 日程は、どのような社内文書を作成する必要があるか、交渉のどの段階 でそれらを作成できるのか、関連する社内会議はいつ開催されるのか、 といった点です。
どのような政府認可の取得が必要とされるだろうか、という点も考えな ければなりません。アジアの事案に頻発する国営の要素のある企業が 取引相手の場合は、尚更です。
「合意」した時から取引関係書類に署名できるようになるまでに、一方 の当事者が数週間を要した場合は、特に時間的余裕が少ない取引であ れば、その分の遅れを日程に織り込みます。
上場企業との取引の場合は、取引相手はどのような公表義務を担って いるか、貴社の義務とどのように整合するか、という点を検討します。取 引相手が貴社とは異なる証券取引所に上場している場合は、案件確定 時に関して厄介なタイミング上の問題が生じる可能性があります。私は、 一方の当事者に適用される証券取引所規則が案件の即時開示を求め ていた反面、他方に適用される証券取引所規則が、「開示期間」である 翌日まで開示を禁じていた取引を、目にしたことがあります。この場合、 一方は自社が行った有意義な取引について自由にメディア(および株 主)に発表できるものの、他方はその取引が自社にとっても好ましい理 由についてメディア(および株主)に知らせることができない、といった状 況が生まれます。それは望ましい結末ではなく、株価に不要な悪影響を 及ぼしかねません。しかし、少し計画し、かつ両当事者に適用される要件 を適切に理解するだけで、こうした事態は回避できます。ただし、当初か ら、これらの問題とその影響を理解しようと試みる必要があります。
10 常に「NO」と言って潔く打ち切る心構えで いる
結局のところ、交渉が行き詰まって、取引があなたや貴社のためになる とは思えない場合は、打ち切る心構えを持ちましょう。
時には、これは実行しづらいものです。多くの場合、関係者は1年以上に わたって四六時中この件に取り組んできました。彼等は、会社の戦略的 方向性を転換する、新規市場を切り開く、合併を背景に大企業に生まれ 変わる、またはこれらすべてを実現するとさえ期待されていた、自社にと って記念碑になるような取引をやり遂げるため、多大なプライベート時 間を投げ打ってきました。交渉時点に辿り着くまでに、既に多額の資金 が費やされているケースも多々あります。一般に、こうした取引は、企業 が安易に始めるものではなく、大抵、高度な戦略的マーケット取引です。 私は、こうした取引を「社運を賭けた」取引と表現したいと考えています。
この場合も、中立的な顧問を活用しましょう。見解を尋ねてみてくださ い。
多くの場合、顧問は、一歩引いて当事者双方の角度から取引を見つめ直 して、このまま交渉を進めた場合の結果と自身が過去に関与した他の 取引の結果を比較することができます。顧問は、今の形のまま取引をし ても会社のためにはならないと思う、と助言できますが、交渉を止めて 取引を打ち切ると決断できるのは、会社だけです。打ち切りは皆にとって 残念なことですが、貴社が不満足な取引を打ち切っても、不満足な取引 を締結するよりは好ましい結果であることに、間違いはありません。
交渉の成功は貴社の利益に直結します
注意深く交渉に備えると、あなた、あなたの交渉チーム、および貴社は、 交渉で実り多い結果を確保するのに最善の体制が整うことになります。 あなたとあなたのチームは、最善の体制を検討したこと、交渉相手が達 成したいと考えているであろう交渉結果を検証したこと、交渉チームに( 顧問を含め)適材を揃えたこと、および熟慮した理由に基づいて交渉に アプローチし、交渉相手が主に懸念している点に対処していることを、 確認する必要があります。これらが整い、成功を収める準備ができてい るならば、あなたと貴社事業にとって最善の結果を達成できるでしょう。
幸運と実り多い交渉をお祈りしています。
コンタクト先
ジョシュアコールパートナー香港。 ルパートバロウズパートナー東京
The information provided is not intended to be a comprehensive review of all developments in the law and practice, or to cover all aspects of those referred to.
Readers should take legal advice before applying it to specific issues or transactions.